2002年頃。
iBook G3+スリッパーX。場所はたぶん新宿のエクセルシオールカフェ。
2012年暮れ。
MacBook Airと、イーモバ。
やっていることは基本的に変わりません。
わりとどこでも原稿を書く人なので、紙媒体の編集者からは「ノマドワーカー」と認識されているであろう、私。例えば、取材等何も予定が無くて8時間くらいMacに向かって何か作業するとなれば、自宅の作業机で作業している時間が5時間、街中のドトールで1時間半、ベローチェに移動して1時間半……みたいなことをしているのは事実で、それが『街のリソースを消費している』と言われればそうなんでしょうけど。
自室にこもっていると、気が滅入るタイプなので、毎日一定時間、街の空気に触れたくなるのです。そして、コーヒーショップである程度の喧噪に包まれつつ作業するというのも、それはそれで心地よいものだったりするのです。もしかしたら、若いときに大人数(1フロアに100人)みたいな職場を経験していて、それがベースにあるからかもしれません。少人数のオフィスも嫌いではないですが、籠っていると息が詰まります。
さて。
ノマド礼賛の傾向に対して「そんなもん昔からやっていたし」なんて言うつもりはないですが、でも確かに昔からノマド的なことはやっていました。それは礼賛されるようなものではなく、必要に迫られて、しかたなくやっていたことでした。仕方なくやるんだけど、必要である以上、なんとかスマートにしたいと思ってきました。
最初に必要に迫られたのは、某Web媒体の秋葉原ショッピング取材班というやつで、秋葉原で複数のショップを巡回しショップスタッフにも話を伺い、データを入力して原稿を書いて、その日のうちに入稿して……という仕事。やり始めた当時はノートパソコンを持っていなかった(それ以前に持っていたPowerBook 190は壊れたw)ので、取材後に家に帰ってから作業していたのだけれど、入稿までの時間を短縮するには、ノートパソコンとPHSのデータ通信がもっとも効果的でした。データ通信できるPHSは持っていたから、中古でPowerBook 5300CSを入手し、予備バッテリーを2つも持ち歩き、取材後には末広町のベローチェか岩本町のドトールで作業をしたものです。そこまでしてやる価値がありました。
その後、今のiPadやMacBook Air、イーモバイルやiPhone、そしてEvernote等を活用したスタイルに至るまでにはいろいろなことがあるわけだけど、アポとアポの合間に一休みするドトールだろうが、気分転換にやってきたスタバだろうが夜中のデニーズだろうが、出張先のホテルだろうが、どこでも仕事ができたりブログを更新できたりする環境に、いつも助けられてきました。その環境が進化して、その気になればどこでも仕事ができるようになることは、私にとってはすばらしいことでした。
そんなふうにしているうちに10年以上経っているのが恐ろしいところですが、では私がやっていることって、いわゆるノマドなのでしょうか。自室に籠っていると気が滅入るときがあるから、外に出る。かといってコーヒーショップにコーヒー1杯で何時間も居座るのは申し訳ないので、90分くらいを目安に店を移動する。かといって落ち着ける店は限られているので、同じところをぐるぐると。キリの良いところで帰って、自室で続きをやる。まぁ、ノマドなんでしょうね。ノマドって言い方をする人は、10年前にもいたような気がするし。
でも大事なのは、自ら進んでノマドすることではなく“その可能性を有している”こと、“必要に迫られたとき、できる”ということだと思うのですよ。