原稿がリリースされた瞬間「書き手」は「読み手」になる(のが俺の理想)

先日、こんなことを書きました。

リンク: Macforest Weblog: 「仕事はほとんどWeb」時代における、ライターという仕事に対する危機感.

せいぜい私は、自分の手がけた仕事に対して読者の方がどのような反応を示しているのか、テクノラティをはじめとするブログ検索や、はてブなどを通じて知ることくらいしかできません。私は今この点について、とても危機感を抱いています。

「危機感」と表現したのはつまり、どうすればターゲットにリーチするテキストが書けるかどうか、そのヒントはログの中にあるはずなんだけど、(多くの企業と仕事の前にNDAを結んでいますが、それでも)ログを見る機会が少ないということは、勘に頼って文章を書くことになってしまう……ということです。勘に頼らないようにするためには、クライアントがライターに対して「文中の小見出しにはこういうキーワードを入れて」とか「製品名はなるべく前のほうに出して(=そこからリンクで飛ばす)」とか、オーダーしてもらうのが手っ取り早いはずです。しかしそれが極端になると、クライアントの担当者が「自分で書いたほうが早い」みたいな話になるんじゃないかと(笑)

とりあえず前にも書いたように、自分が書いた記事に関してはブログ検索で検索し、どんな感じの人が記事のどんな部分にヒットしてるのかを眺めたりはしています。tumblrで誰がどの部分を引用してるかとか、結構参考になります。

はてブの場合も、ブックマークされた数よりもコメント、そしてはてなユーザーの日記を気にします。disられるときもありますが、それらは往々にして「記事が想定したターゲットに伝わっている」「想定していないターゲットから見るとご不満」ということだったりするので、ひとつひとつ、心の中で小さく頷きながら見ています。

例:自転車関係のコレ
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20071107/1004279/

賛否に関わらず、リアクションがログとして残ることが書き手としてどんなにありがたいことか。原稿が私の手を離れ公開されると、さまざまなリアクションが発生します。その瞬間、私は「書き手」から「読み手」に変わるのです(リアクションする側が書き手になる)。そしてリアクションを読みあさり経験値を向上させた私が、再び書き手となり——せっかくWebでやってるんだから、そうやって回っていきたいわけなんです。

もちろん、それができるのも読んでくれる人がいてこそ!

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